純情エゴイスト

□心と体
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□第二章


暗くて 黒くて 汚くて
世界はそんなに綺麗じゃない
でも…
ぽかぽか きらきら
そんなあたたかい世界もある
相反する世界は
無情で残酷だ



26日、朝。

弘樹は目覚め、隣にある温もりにドキリと心臓を跳ねさせた。

それは決して甘い胸の高鳴りではなかった。

身体を強張らせ、びくびくと少しずつ少しずつ顔をあげる。

そして、野分の幼い寝顔にやっと全身の力を抜くことが出来たのだ。


(早く、忘れなきゃ…)


思えばなんの接点もない行きずりの相手なのだ。

お互い連絡先もしらない、もう会うことのないはずの相手なのだ。

(大丈夫、だいじょうぶ)

弘樹は自分に言い聞かせた。

それでも何故か訳のわからない不安が残る。



弘樹の目覚めが早かっただけで、野分もすぐに起きた。

それから、野分お手製の消化に良い朝食を食べさせられ、昼までゆったりとした時間を過ごした。

だが、そろそろ昼食の準備をしようかと話していた時、野分の携帯が鳴った。

鳴った瞬間、お互い固まってしまったのは、これが呼び出しの電話であることがわかったからだろう。

一瞬の沈黙後、鳴り続ける携帯を野分がとる。

「はい、草間です。はい。………はい、…わかりました。」

歯切れ悪く返事をする野分が電話を切ると同時に弘樹が立ち上がる。
?そのまま何も言わずリビングから出ると、野分がいつも使うバッグを持って戻ってきた。

「仕事だろ、行ってこい。」

弘樹は知っている。

こういう時、弘樹の言葉がないと野分が動かないことを。

今の弘樹を残したまま、野分が素直に仕事に行こうとしないことを。

だから…

「行ってこい、野分。」

「ヒロさん、でも・・・」

「大丈夫。幸い俺は仕事が終わってるから、事実上冬休みだ。別に買い物は昨日行ったばかりだし、これといって外に出る理由がない。ほら、大丈夫だろ?」

暗に外には出ないと言っているのだが、実際はただのやせ我慢でしかない。

でも、自分の我儘を言ってはいけない。

野分の助けを必要としているのは、自分だけではない。

もっと多くの、それも小さな命が野分を必要としているのだ。

「俺は、ここでお前の帰りを待ってるから。」

野分はゆっくり立ち上がって弘樹を抱きしめる。

「ヒロさん…約束してください。離れていかないって。」

「ばーか、俺にはお前しかいないよ」

弘樹は野分の背中に手をのばし、ギュッと力をこめた。



玄関でバックを渡して、野分の優しいキスに応える。

(なんか、新婚みたいだな)

惚けた頭でぼんやりと考えていると…

「なんか、新婚さんみたいですね。」

嬉しそうに笑う野分に弘樹の顔は真っ赤に染まっていく。

ゴチンッと音がすると、そっぽを向く弘樹と頭をおさえる野分。

「痛いです、ヒロさん。」

大したダメージのない頭をさすりつつ、野分は嬉しそうに言う。

「………野分、、、俺が好きなのはお前だけで、あ、あい、愛してるのもお前だけだ。それは変わらないから、だから…安心して行ってこい。俺の心はお前だけのもんだ。」

早口にそう告げると、弘樹は茹で上がった顔を隠すために下をむくが、野分の手がその顔を引き上げ、本日二度目の口付けを送る。



野分のいない部屋は、やっぱり広すぎて寂しさが甦るが、それでも野分に抱かれた身体は心を満たしてくれる。

胸がぽかぽか温かい。

それに今度は早ければ一週間くらいだと言っていた。

今度は笑顔で野分を迎えられる。

「おかえり」そう伝えようと思った。
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